◆愛媛 今治城址(T)◆ 当時から今治は瀬戸内海の海上交通の要所の地にありました。1602年、戦国武将の藤堂高虎が築城を始め、1604年に完成した今治城は三重のお濠に海水を引き入れた構造で、海からお濠へ直接船の出入ができる日本三大水城の一つに数えられています。

午後2時半ごろ今治に到着、鉄御門の前に駐車場があります。早速お城と今治の歴史の見学に…
鉄御門から今治城


鉄御門の道

石垣と内濠が残るだけで、城郭は資料をもとに再建されたが、見所は広い内濠と美しい石垣です。
内濠と今治城武具櫓と山里櫓


内濠と今治城武具櫓

お城の美しさはお濠に囲まれた苔むした石垣上に櫓と塀が組み合わさり全体を引き締めて、その中央に大天守やそれぞれの櫓がそびえている姿です。
内濠と山里門、櫓


内濠と今治城天守閣と山里門、櫓

復元された山里櫓。これは明治の頃の写真が残っていて復元されました。
内濠と今治城天守閣


内濠と南西方面からの今治城天守閣と山里門、櫓

再建された模擬天守は移築先の丹波亀山城を参考にした。とされているが本当にこのような天守があったかどうかは?らしい。
内濠と今治城天守閣


内濠と今治城天守閣

本丸城内に藤堂高虎の像があり楽しみの一つです。
今治城 本丸


今治城 鉄御門

藤堂高虎は今治城築城を機会に、今張を今治と名を変えました。
今治城 鉄御門


鉄御門の内側から撮影

石垣は自然石をそのまま使う野面積みで、軟弱な地盤の処は石垣下に犬走りを造っています。
山里門前からの今治城天守閣


鉄御門の内側から撮影

藤堂高虎が伊賀上野城に移封された時、天守閣を亀山城に移築したと云う。豊臣家旧家臣の高虎が、家康に忠誠を尽くす事を証明するため、家康に献納したわけである。歴史の紐を解くと徳川家の初期の状態がわかってきます。


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