◆会津若松城(鶴ヶ城)◆ 前回は桜の季節が終わった5月連休に、一人旅で訪問したが、今回は妻と一緒の訪問です。前回の撮影できなかったところも含めて、城郭内を散策してみます。

土井晩翠が荒城の月のモデルとして哀傷した会津若松城







起承転結の構成で大変美しい歌詞だと思うのでここに記します。

鶴ケ城の名称で親しまれている会津若松城


規模、威容は東日本有数の城郭です。

…「荒城の月」歌詞…

@春高楼の花の宴
巡る盃影さして
千代の松が枝分け出でし   昔の光今いづこ

A秋陣営の霜の色
鳴きゆく雁の数見せて
植うる剣に照り沿ひし
昔の光今いづこ

B今荒城の夜半の月
変わらぬ光誰がためぞ
垣に残るはただ葛
松に歌ふはただ嵐

白くそびえ立つ中に、印象的な真っ赤な高欄が周った五層五階の天守閣


本丸庭園


C天上影は変はらねど
栄枯は移る世の姿
映さんとてか今も尚
ああ荒城の夜半の月

帯郭と連なる鶴ヶ城


野面積の石垣の上に五重五階の天守閣で、石垣内部には穴蔵もあります。

城郭のエリアは本丸を中心に帯郭があり、その周辺に出丸があり、それぞれお濠も残っていて石垣や土塁が残り、広い縄張りになっています。
本丸城壁から見る鶴ヶ城


茶壺櫓台上から見た廊下橋

二の丸と本丸に架かる廊下橋で、当時敵が攻めてきた時に、切り離せるようになっていました。また、橋には屋根がありました。
廊下橋の両側のお濠は向こう側と水位が違っています。


忍者落しと言われる高い石垣は東日本最大。

前回訪問時には廊下橋を上のほうから見ただけでしたが、今回は廊下橋に行ってみました。
廊下橋からの景観…廊下橋と枡形虎口


武者走りと言われる石垣

本丸はコンクリートで再建してあり、城内の見学は中止。
鉄門は帯郭から本丸へ通じる表門で、柱や扉の木の部分を全て鉄で覆ってある。


鉄門前から仰ぎ見る鶴ヶ城

 
幕末の動乱、明治維新の激動期にさいし、一番損な役回りを負わされたのは会津の人々ではなかったか…そんな想いを抱きながら鶴ヶ城を散策しました。この後は松平氏庭園、御薬園の散策、そしてJR只見線に沿ってドライブを楽しみます。


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