◆二本松城址(U)◆ 1400年代の室町時代から江戸時代まで長期に渡って、二本松地域を治めてきました。城址は石垣だけになってしまったが、三方が丘陵で囲まれ、自然の地形を利用した馬の形をした堅固な城郭です。最初は畠山氏が築城して、その後は丹羽氏になり近世の城郭に改築が続けられた。といいます。

本丸天守台から一度駐車場に戻り、そのまま二本松城址の正面駐車場に移動しました。
高い三の丸の城壁が印象的でした。


三の丸の城壁と箕輪門の景観

これから再建された箕輪門から入ります。
箕輪門の正面からの景観…情緒が感じられます。


箕輪門正面には二本松少年隊の群像があります。

同じ時期の会津藩、白河藩の少年隊と同じ運命を辿った。この子達の心の気持ちはどの様なものだったか…。
戊辰戦争で藩の為に若い命を散らした二本松少年隊の像


箕輪門築門の説明板です。

箕輪門は丹羽氏が藩主の時代に、この地の箕輪村から山の木材を切り出し、楼門を完成させた事で箕輪門と名付けたと云われています。
箕輪門隅櫓


箕輪門には丹羽家の家紋が大きくつけてあります。

箕輪門北側の石垣上に並ぶアカマツの古木群が城址の雰囲気を醸し出していました。
箕輪門から三の丸に向かいます。


三の丸から観た箕輪門の景観

江戸時代になり平和になると三の丸が城主の日常の場となり、多くの屋敷がありました。
箕輪門から続く枡形


三の丸からの枡形の景観…長い緩やかな石段です。

秋には盛大に開催される二本松菊人形展の場となる三の丸広場は楽に400mのトラックが出来そうな広さでした。
三の丸広場は意外に広く築城の名人、丹羽氏が築城した城郭がすばらしく感じました。


相生の滝…箕輪門から三の丸に登りきった所にあります。

相生の滝から天守のほうへ登って行く小道が地元の方々の散策コースのようです。
相生の滝…池が濁っていて折角の庭園も…


ここが天守に向かう小道です。

春の桜祭りも終わり、ツツジの季節になり彩りが鮮やかになりました。
新緑にツツジが映えます。


三の丸周辺にある提灯が違和感を感じました。

地元の方々と一緒に散策しながら天守台に向かいます。
所々に地元の方々が寛げるベンチがあります。


二本松藩士自尽の地…主戦論者の家老、城代、小城代の責任を取った所…案内板から抜粋。

地元の方がいろいろ説明を補足してくれるので二本松城の歴史が紐解けてきます。お礼に愛犬の撮影!
畠山氏築城の頃の応永年間(1400年頃)といわれ、井戸の深さ16m、井戸の岩盤をえぐってある。…案内板から抜粋。


本丸下に残る野面積み石垣(奥側)

 
野面積み石垣を拝見して先程の天守の復興石垣が納得できました。ここからは横道にそれて三の丸の外側にある庭園の方へ足を向けます。25年ほど前に、硬式野球リトルシニアリーグの役員親睦旅行で、秋口に二本松菊人形展を見た記憶が甦ってきました。


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