◆国宝 姫路城(W)◆ 5層7階の大天守と東、西、乾の3つの小天守が四隅に配置され、それぞれが渡櫓で連立式に繋がり、大天守閣となっています。幾重にも重なる千鳥破風と唐破風の屋根と白漆喰の城壁が非常に美しく見えます。400年前の建築技術のレベルが、現代でも生きているのではないかと思うと、嬉しく思います。


千姫の為に造られたという二の丸の化粧櫓


西の丸を出ると、ここからも本丸が望めます。

西の丸を出て本丸に向います。スリッパから靴の履き替えの所が結構混雑していてワィワィ、ガャガャ賑やかでした。

◆大天守◆ 外観は5層ですが内部は地上6階、地下1階で、最上階には大鯱瓦が見えます。この建物を支えるのは五重塔と同じ原理で、地下1階から6階の床下まで、東西に2本、直径2mの心柱が支えている。

はの門に向う途中の景観

団体が通り過ぎるまでしばらく西の丸の広場を散策します。
はの門を通過して振り返りました。


ろの門…いの門と同じ造りの高麗門で、内側には石垣と土塁で枡形に造られていた。

◆乾小天守◆ 天守の北西方向に、昔風で乾方角にあります。3つの小天守の中で一番大きく、外観は3層で、内部は地上4階、地下1階に造られています。城壁には石落としや武者格子窓など、戦時の構造形式がみえ天守閣と同じ構造になっています。まさにこれだけで一つのお城ができます。

◆東小天守と西小天守◆ 大天守と乾天守、その天守を東西の小天守で四方型を創り連立とした天守閣になっています。東西小天守の大きさは乾小天守を小さくしたもので、それぞれが最後の砦として、天守を守護するような形になっていました。

はの門は低い位置にあり本丸城郭が高く見えました。

地元の方と知り合い、姫路の歴史を教えてもらいました。
こんな感じで3世代で良く訪れるそうです。


ここから本丸を間近で観ることが出来ます。

◆油壁◆ 
姫路城の壁は白漆喰で塗られているが、ほの門の内側にある壁は油壁と云われ、造られた年代が異なるようです。
油壁…「あぶらかべ」といいます。

姫路城の特徴はパンフレットで概略をつかんだつもりでしたが、いざ、城郭内を歩いてみると、あっちこっちが城壁や門で繋がり、高低のある迷路のような縄張りになっています。城内に敵が侵入しても天守までは、中々辿り着けないように工夫され、敵を攻める仕掛けも各所にありました。

◆塩櫓◆…天守の北側に位置し、多門長屋の建物ですが、ほかの城郭とは造りが独特で、塩や米を蓄え戦時の籠城に備えるための櫓です。
余談ですが、秀吉の中国大返しの時に姫路城の蔵から食料や蓄財したものを放出して、軍の移動を驚異的な速さでおこなったという。
塩櫓に到着、天守閣の北側に位置する多門長屋の建物です。
塩櫓と本丸との間は意外に狭い通路でした。


振り返ったときの景観です。

◆搦手門◆ 姫山の段丘を利用した紆余曲折の処に門を造り搦手門としてありました。

◆備前丸◆ 本丸の一部で、当時の戦国武将池田輝政の住居跡です。明治に火災で焼失したのは残念に思いました。天守閣の真下に広いエリアがあり、ここに多くの屋敷があったと想像できます。



左手が搦手口に続き、まっすぐ進むと備前丸へと続く。

駐車場からもうすでに1時間以上過ぎました。
搦手口…ここを行くと出口に出てしまうので、ここまで。


姫路城の井戸櫓…大城郭の水がここしかないのは不自然です。どこかにまだあるんじゃないか?

快晴で寒くもなく快適な散策になりました。
備前丸から本丸を見上げます。


広い備前丸で移動してからもう一度、本丸を撮影。

 
城内には結構、警備員の姿が見受けられました。備前丸から身を乗り出して城外を覗いている方が事故防止のため警備員に注意された。ベンチで休憩できる様になっていて、ここは散策の方々の溜り場になっていました。
 本丸内部へはここをクリック   これから本丸内部に入ります。


inserted by FC2 system