◆上田城◆ 
武田信玄の家臣、真田昌幸が築城し、真田郷から本拠地を移動した。武田氏が滅亡するとこの地で自立し、家康に臣従するが、その後離反しこの城で二度にわたって徳川軍を撃退している。関ヶ原の戦いでは二次上田合戦で徳川秀忠率いる軍を関ヶ原に遅参させた。江戸時代には上田藩となり真田信之が藩主となる。

いつものように100km未満の高速で所沢ICから下仁田ICまで高速道を、後は一般道で夜中に上田着で仮眠しました。
尼ヶ淵から見た南櫓
尼ヶ淵は現在公園、駐車場になっていて、昔はここに千曲川(尼ヶ淵)が流れていたとは思えません。

尼ヶ淵から見た南櫓


尼ヶ淵から角度を変えて見た南櫓


尼ヶ淵から見た西櫓

尼ヶ淵から見た西櫓の方から上に上がります
奥に見える石垣は本丸と二の丸の間の内堀を止めています

階段は急な登りになります。

登りきったところの西櫓


西櫓方面から本丸大手門の内側方向を見ます

本丸大手門の内側


本丸大手門の隣に隅櫓があります
早朝は散歩の方が多い
本丸大手門の内側正面


真田神社入口

真田神社の案内板


真田神社を正面から見ました

真田神社の本殿


真田神社、奥の拝殿

真田神社内にある真田井戸、一説に背後への抜け道とも伝えられる


真田神社を通り過ぎてゆくと、西櫓への登り口

西櫓はただ一つここに残されていた建築物です


南櫓から本丸隅櫓を見る

本丸大手門出口にある真田石
真田信之が松代に行くときこの石を持って行こうとしたが動かなかったと云われています

本丸大手門隅櫓

本丸大手門正面


本丸大手門と南櫓
一度車に戻り、デジカメの撮影分をパソコンに入れ、カードを空にします。
本丸大手門と隅櫓


二の丸の外堀

二の丸の外堀
現在は遊歩道になっています

二の丸大手口下
昔は土橋でしたが鉄道をこの二の丸の外堀に通したため石橋になりました。

鉄道のお陰で二の丸の外堀跡が残っています


二の丸大手口正面

二の丸大手口内側


二の丸外郭にある鐘楼
長男、真田信之と父、真田昌幸と二男信繁(幸村)に分かれて戦った関ヶ原以降、長男が真田家を継ぐ形になり、家康に父と二男の助命嘆願をおこなったが、聞き入れられず、二人は紀伊九度山に配流になった。その後、信之は上田城から海津城へ移封された。現在は上田城跡公園になり、毎年花見の季節では多くの市民や観光客で賑わいをみせます。また、城内跡には球場や市民会館、博物館などが出来ました。

 
二の丸北虎口、石垣しかありませんでした


内堀、右が本丸で左は二の丸です

内堀、左が本丸で右は二の丸です


二の丸内の庭園
 
内堀、左が本丸で右は二の丸です


上田城案内図

上田招魂社
この神社は戊辰戦争、日清、日露、第二次世界大戦で亡くなった人々の魂を祀ってあります。

上田招魂社の鳥居

上田招魂社


上田招魂社

内堀、右が本丸で左は二の丸です


上田招魂社
 
本丸外郭から二の丸を見る
結構本丸の高さが判ります

本丸外郭から上田招魂社(二の丸)を見る

本丸外郭から二の丸を見る


本丸大手門と隅櫓、南櫓

本丸大手門の隅櫓
朝9時頃になると開園の準備をしていました

本丸大手門の隅櫓
 
城内を散策しましたが、デジカメのファイル容量が少なくて、途中パソコンに移したりしながらの散策でした。朝の時間帯は市民のジョギングや犬の散歩やいろいろな方々と出会いました。喉も渇き、お腹も空きました。


inserted by FC2 system